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特集コーナー

私の本棚(―いじめ、虐待に関して―)

1:『いじめを考える』  なだ いなだ 著(岩波ジュニア新書)

これまで、(いじめ)の策というと、いじめられる者を中心に、いろんな処方箋が書かれてきた。(いじめ〉のサインを読め。はやくいじめられている子どもを把握しろ。いじめられる子どもはこういうタイプが多いぞ。そういった情報はみな〈いじめられる者〉を対象にしたものだった。でも、ほんとうは、いじめる者に、それをさせないようにしなければいけない。そのために、いじめるほうの子どもをよく調べることが大切である。ただの悪い子が、(いじめ〉をするのでは無く、こころの病気を持つていると考えた方が良い。普通の子どもがいじめをするのも、その子もそのときだけ一時のこころの病気のようなものだと考えればよい。こころの成長にかかわりがあることで、誰もが、その病気をする。子どもは誰もがみんな不完全な自我を抱えている。しかし、成長するうちに、それを克服していく。誰もが、少しのあいだは〈いじめ)をするが、いつまでもいつまでも繰り返して(いじめ)をするのは、こころの病気の症状として、するのである。その子どもは、加害者であるが、悪人としてではなく、いわば、病人として、治療しなければならない。なぜなら、彼は自分の内側に問題があつて、それにつき動かされて、〈いじめ)に走るのであるから。調べていくと、〈いじめ)の加害者自身も(いじめ)にあつたことがあり、そのためにこころに傷を負っている場合も意外と多いし、親や暴力的な先生にこころに傷を負わせられたものもいる。
一人ひとり、さまざまな物語を背負っている。たとえば、親の離婚とか、家庭内の不和、あるいは彼自身の家族が差別にあっているなど。親の離婚は彼の責任では無い。父親がアル中で母親が殴られるのを見るのはショックだ。しかし、だから彼が(いじめ)をして当然ということにはならない。彼に、自分が人を苦しめていることを自覚させ、それをやめさせなければならない。しかし、それは、治療者と本人の長い努力を必要とする。何年もかかる仕事である。これは、心の治療者、精神科医等がすることであるが、学校の先生または、学校の友人がこころの治療者の役をする。親友がその役である。中学は三年しか無い。こころの治療は三年ではすまない。学校だけの先生でなく、学校を卒業した後まで相談を受けられる先生、人生の先生そういう先生が出てきてほしい。ただ(いじめ)はなくならない、とあきらめるのではなく、なくそうとして努力しているうちに、それぞれの人生の物語がつくられていくのです。セザンヌの伝記の中にエピソードがあります。セザンヌ(画家)はクラス全員からいじめられていたゾラ(小説家)と口をきいたために、彼もまた皆から(いじめ)にあうことになった。それから、この有名な画家と小説家は親友になった。(いじめ)と闘いながらそこから友情が生まれたのです。すなわち、(いじめ)を人生の中に組み込んで、〈いじめ)というのはいいか悪いか、を超えたところで、それが人生でどういう意味を持つかを考えなければいけない。



2:『子ども虐待という第四の発達障害』 杉山 登志郎 著(学研のヒューマンケアブックス)

子ども虐待は急速に増えてきており、対策が後手に回ってしまっている。しかも子ども虐待は、非行や犯罪にもつながり、さらに子どもたちの次の世代にも連鎖をつくるという深刻さをもつている。子どもたちやわたしたちの幸福にとつて、子ども虐待は大きな妨げになるのです。
子ども虐待の影響は、幼児期には反応性愛着障害として現れ、次いで小学生になると多動性の行動障害が目立つようになり、徐々に思春期に向けて解離や外傷性ストレス障害が明確になる。また、その一部は非行に推移していく。そして、被虐待児の最終的な臨床像は、複雑性PTSDと呼ばれる難治性の状態に至る。解離が常在化し、意識状態は容易に変化し健忘が生じる。多重人格を呈することが少なくなく、感情コントロールや、衝動コントロ ールが著しく不良となる。また、人との信頼関係を築くことが困難となり、未来への希望を持たない重度のうつ病状態になる。この終着駅に着く前に治療を行わないと、虐待は次の世代につながってしまう。

解離とは、脳が目に見える器質的な傷を受けたわけではないのに、心身の統一が崩れて記憶や体験がバラバラになる現象の総称。心的外傷体験(トラウマ)のみで生じるものではないが、繰り返し受けたトラウマによって起きる精神症状のうち最も頻度が高いものの一つである。

反応性愛着障害とは、生後五歳未満までに親やその代理となる人との間に愛着関係が持てないと、人格形成の基盤において適切な人間関係を作る能力に障害が生じることです。愛着者から急に引き離された乳幼児は無反応になり、たとえ十分な栄養が与えられていても、心身の発達の著しい遅れ、さらには免疫機能の低下まで生じ、時として死に至ることまである。

(大宅 渉)