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特集コーナー

学校保健における口腔機能の考え方 -口の働きと人生との関係から

瀧田正亮(中津病院 歯科口腔外科・大阪府立中津支援学校学校歯科医)

人生を通じての口の働き

「世界における口腔生理学の父」(Father of Oralphysiology)*と謳われた河村洋二郎先生は学生達を前に常に口の働きと人の日常生活との密接な関連を強調していらっしゃいました。例えとして、心臓は全身へ血液を供給するためのポンプ機能、腎臓は老廃物を排泄するための排泄機能、これらは当然のことながら生命維持のための必要不可欠な機能ですが、機能の数からは一つです。一方口は直接的な生命維持臓器ではありませんが,からただの玄関口として、気道と消化管の入り口として、20近い機能により心身の健康維持に関っています。この口腔機能への理解と臨床応用は、歯学教育、そして歯科医療の原点であり、私達が学校保健を考える上でもとても大切な領域の問題であるはずです(表1)。

表1 口の働きと人生

イタリアから学ぶ-tenuto よりsosutenuto としての学校保健を目指す

人の心理として一方的な命令・指示に対しては反抗の心理が生まれます。上から目線での厳しい命令や指導(tenuto)のみでは教育の限界があります。子ども達の潜在性を重視してそれをうまく引き出す教育(sosutenuto)は時間,忍耐と寛容とを必要としますが、成長・発育途上の子ども達への教育概念としては、イタリアの国民性に学ぶべきものがあると思います。褒められたことのない子どもはうまく育ちません。食に関するマナーや食育も自らが実践できるようなsosutenutoとしての躾を学校保健にも常に期待したいと思います。

化学感覚から見た食の育成

快情動につながる「おいしさ」のうち,注目したいのは体内要求性のおいしさ感覚です。からだが必要としているものはおいしく感じます。口腔感覚と味覚から表出される化学感覚のうち、誰と何をどのように食べるか、ということも食の1次(栄養)、2次(満足感; 情動への栄養)、3次機能(薬の代替)に関連して極めて重要なことだと思います。化学感覚としての基本味には生物学的意味があり今一度ふりかえってみたいですね(表2)。但し、精神状態と食、食と精神症状との間には密接な関係があると言われ、各々のねじれが、複雑にからみ合って食育への弊害となることも現在の日本の食環境から危惧されます。
このことは、何も難しいことではなく、家族揃っての食卓(お勧めは食事の時はテレビを消す、箸置きを使う; 口に食べ物を入れた後、箸を箸置きに置き咀嚼・嚥下して口腔が空っぽになってから、箸をとって食べ物を口に入れる)を大切にできるかどうかの問題ではないかと思います。食は口腔感覚・味覚情報をからだの調節に必要な情報として脳に発信しますが、そのような重要な情報が、テレビからの視覚や聴覚情報によってかき消されてしまうことの弊害が危惧されます。

表2 味覚の生理学的意義  おいしさ

笑いは副作用のない薬-心身の発育における笑いの大切さ

いくら口のはたらき、味覚・口腔感覚、基本味、咀嚼の脳相などが重要であるといっても、一方ではこころと身体はつながっていることも念頭に置かなければなりません。心の動きによっては,せっかくの大切な機能にブレーキがかかることが危惧されます。欧米ではなるほどと思われる言葉が言い伝えられています。食文化の輸入だけではなく。苦境の中だからこそ、こころのゆとりの面も本能的に大切にする文化を同時に学びとりたい思います (表3)。特に発育期のお子さんには、心の栄養の必要性を感じます。

身近すぎて、あまり考える機会が少ないかもしれませんが、歯、顎、口腔の諸臓器が脳神経の支配下に視床下部からの出力系を作動させるはたらきを持っています。

表3 欧米にみる興味深い諺

最後にグローバルな視点から-貧困,病気,犯罪,ユーモアはinternational

食育、食と健康は自分たちのためだけではなく、internationalな視点を子ども達に伝えなければならないと思います。世界に視点を向ければ貧困、飢餓、病気、に苦しむ人達が数多くいます。殊に飢餓に苦しんでいる人達の数は9億2,500万人と言われています(WFP:国連世界食料計画)。私達、日本の食生活は地球規模でみると、むしろ例外的に恵まれているのではないかと、常々念じています。グローバルな視点から食、貧困、病気、犯罪という課題に向き合い、そしてポジティブな機能としてのユーモア感覚も身に付けたいと思います。食への感謝ともに,私たち日本人が世界に向けて発信した5S(整理,整頓,清潔、節約、躾)の威力を発揮させたいと願っています。

私達を取り巻く学校保健をより元気にするために,置き忘れかけられている事項について述べさせて頂きました。

(参考)
1)河村洋二郎: 口と生活.口腔保健協会,東京. 1994
2)山本 隆: 美味の構造 なぜ「おいしいのか」.講談社,東京.2001.
3)中谷延二: 食品の機能.食と健康(中谷延二,清水 誠,小城勝相 編).放送大学教育振興会,東京.pp11-21.2003
4)伊藤一輔: よく笑う人はなぜ健康なのか.日本経済新聞社, 東京. 2009.
5)瀧田正亮,高橋真也,古川禎伸: 生活習慣病としての口腔癌治療への読書療法の試み-味覚,食,生活習慣病に関して-.日本味と匂学会誌,18: 487-490. 2011.